経営戦略を考えるうえで押さえておくべき重要な概念の一つに、「事業の経済性」という理論があります。
事業の経済性とは、企業がコストを低減し、競合他社に対して優位性をつくるためのメカニズムのことです。
今回の記事では、事業の経済性に関する代表的な5つの理論を紹介します。
5つの事業経済性
自社の経営戦略をよりよく理解して、普段の業務に活かしたい管理職やビジネスパーソンの方はぜひご覧ください。
規模の経済性とは、事業規模が拡大するにつれて収益性が高まるという理論です。
具体的には事業拡大とともに固定費が分散され、製品1つあたりの生産コストが下がることで、利益率が向上するというもの。
ちなみに固定費とは、生産量にかかわらず一定に発生する費用のことです。例えばメーカーであれば、工場の維持費や人件費などが固定費に該当します。
製品を大量に生産しても、固定費はそれに比例して増えることはありません。よって、製品1つひとつに占める固定費の割合は下がっていき、利益率の向上につながるのです。
規模の経済性の観点から、企業は競ってスケールメリットを追求しているといえます。
規模の経済性が働きやすい業界として、ITやソフトウエアの業界が挙げられます。
ソフトウエアのコストの大半は、プログラムを開発するための人件費です。
ソフトウエア製品は一度開発してしまえば、後はそれを売れば売るほど、製品1つあたりに占める開発費用の割合は減っていきます。
そのため、ソフトウエアの業界にはスケールメリットを追求してグローバル展開を目指す企業が多く存在するのです。いわゆるGAFA(Google、Amazon、Facebook、Apple)やMicrosoft、Netflixなど米国の巨大IT企業はその成功例といえるでしょう。
範囲の経済性とは、複数の事業間で経営資源を共有することで、コスト競争力が高まるという理論です。
事業を単独で行うよりも、複数の事業を生産設備などの資源を共有しながら展開していった方が、効率よく経営ができます。
複数の事業が合わさることで経営効率がより高まることを、シナジー効果といいます。
ある企業が他の企業を買収したり、また企業同士が統合するといった、いわゆるM&Aのニュースをよく目にしますね。このM&Aは、シナジー効果、つまり範囲の経済性を追求した結果として行われる経営戦略の1つなのです。
範囲の経済性を活かして成功した企業の代表例として、Amazonが挙げられます。
今や知らない人はいない巨大ECサイトのAmazonですが、創業当初は小さなオンライン書店でした。
Amazonは本を売りながら、他の事業でも活用できる倉庫などの物流網、情報システムを着々と構築していきます。
そうして構築したインフラに、家電やアパレル、食品など他の商品ものせることで、一気に世界最大のECサイトに成長したのです。
経営資源を共有可能な複数の事業を次々に展開することで優位性を築くという、範囲の経済性の好例といえるでしょう。
習熟の経済性(経験曲線)とは、累積生産量が増加するにつれて、製品1つあたりの生産コストが減少するという理論です。
累積生産量を横軸にとり、製品1つあたりのコストを縦軸にとると、右下がりの曲線が描かれます。累積生産量が2倍になると、コストが15%減少することを示した曲線のことを「経験曲線」といいます。
経験曲線は、複雑な生産工程を持つ製造業などで特によく観察されます。
経験曲線が発生する理由は、経験の蓄積とともに生産性が向上するためです。その要因としては、以下のようなものがあります。
経験曲線の特徴は累積生産量が同じでも、改善や学習への意欲によってコストの下がり具合に差が出ることです。
常に改善するマインドを持ち、ノウハウの学習に熱心な企業ほど、経験曲線の効果がよく働き他社に対して優位性を構築できます。
経験曲線が活きる業界としては、部門間での複雑な調整を経て製品を組み立る自動車などの製造業が代表的です。
ただ製造業の工場以外でも、いろいろなところで経験曲線は働きます。例えば、私たちが普段から利用する牛丼チェーンなどのファーストフード業界です。
このような業界は作業をマニュアル化またはシステム化し、オペレーションを絶え間なく改善しています。
そうすることが、競合他社がひしめく中でコスト優位性を生み出し、利益を伸ばすことにつながるからです。
こうした競争の結果として、私たちは「早い、安い、うまい」サービスを享受できているのです。
密度の経済性とは、ある特定のエリアに店舗などの経営資源を集中して投下することで、優位性を構築できるという理論です。
店舗を密集させることで輸送や社員の往来を効率化でき、かつそのエリアでの広告宣伝効果を高めることができます。
また、店舗を集中配置することによって、そのエリアへの競合他社の参入を阻むことも可能です。このような手法はドミナント戦略とも呼ばれ、小売業界では定石とされています。
ドミナント戦略にもとづいて事業を展開している業界の代表として、コンビニが挙げられます。
街を歩いていて、セブンやローソンなど特定のコンビニが、近い距離に集中しているなと感じたことがあるでしょう。
これは物流コストを共有したり、競合他社の参入を阻止したりするドミナント戦略が採用されているためなのです。
セブンイレブンが、全国47都道府県全てに出店したのは、実は2019年7月のことです。意外に最近だと感じませんか?
これは、セブンイレブンが特定エリアでのドミナント戦略を優先してきたことも、理由の1つとして考えられます。
ネットワークの経済性とは、あるサービスのユーザー数が増えるほど、個々のユーザーの利便性が高まるという理論です。
そして利便性が高まることで新規ユーザの獲得コストが下がり、事業がどんどん成長していくという正のフィードバックが働きます。
ネットワークの経済性が加速していくと、Winner takes all(勝者総取り)ともいえる状態になっていきます。
ネットワークの経済性を活かして成功した企業の例としては、メルカリが挙げられます。
メリカリは、プロダクトのクオリティを高めるとともに、適切なタイミングで積極的にテレビCMを展開しています。
そうすることで初期の段階で多数のユーザを獲得することに成功し、それ自体がまたユーザの利用意向を高めました。
このようにメルカリは、ネットワークの経済性を活かして業界でNo.1のフリマアプリとなったのです。
同様の事例はチャットアプリにおけるLINE、OSにおけるWindowsなどにおいても見ることができます。
今回の記事では、事業の経済性に関する5つの理論を紹介してきました。
企業の経営者たちは、事業の経済性を活かして他社との競争に勝つべく、日々しのぎを削っているのです。
自社の戦略をよりよく理解し、また所属する部署の戦略や方針を考える際にも、今回紹介した理論を参考にしてみてください。